意図をもって生きていく

2020年9月13日 練習

私はよく練習中にこう言います
「今、この練習は何のためにやっているかを考えましょう!」

「ボール四つ」であればランナーは三塁にいてアウトカウントは1か2。
打った瞬間にランナーはギャンブルスタート。
つまり内野ノックで捕球したあとはサードランナーを刺すためにボールを捕手へ投げます。
ボール四つ、と言われてどれだけそれをイメージできているか。その意味を含んでいるか。それはとても大事という事以上に、それを考えない捕球や投球をしていてはそこにいる意味さえありません。

ではこの練習の時にどういった意図で練習をしているか。
投球がままならない選手であれば、腕を振って正確な投球で志す。その場合は時にボールは上に行ったり下に行ったりしても、この緊急時に緊張せずに腕を振り切るというイメージを自分につけるという意図が存在します。
他にも多種多様な自身の取り組む意図があります。

1週間、24時間x7日=168時間のうちに野球が出来るのはたった2時間。
しかもそのうちに自分が関係する野球と言えば1時間あるかないかでしょう。
その大切な時間を何も考えずに練習のふりで終わっても後悔は本当にないですか?
何故野球チームに入りましたか?

きっと多くの人が大好きな試合をしたいからでしょう。
では試合を楽しくするためにはどうすればいいか?
それはきちんとした内容の試合をしなくてはいけません。
ではきちんとした動きをする為にはどうすればいいか?
基礎にはじまり、連携と数多くの練習をしないといけません。

ではその練習時間は?1週間168時間のうちのたった2時間です。

ではあなたが考える楽しい野球をする為にどんな練習をしますか?
それは「意図を持った練習をすること」以外にありません。

これは指導者も言えます。
どういったチームにしたいのか?
それをはっきりとさせてから上記のように1個1個逆算していけばいいのです。そして意図を持て取り組めばいいのです。
その意図によって入る選手去っていく選手がある事は致し方ありません。
そこに怯えてはいけません。

去っていく選手に怯え、どっちつかずになり意図がぶれると、それは崩壊をいみします。
それはそこに意図の根源である信念が消えるからです。
ただ難しいのは信念と傲慢は紙一重ですのでそこは気を付けなければいけません。

しかし意図をずっと真っすぐ保つことが正しいのではなく、当然場面場面、チームの状態で意図は多少は変わっていきます。
緊急処置で時に意図を変更する時もあります。それでもその時の意図があればそれは間違いではないのです。

私も多くの間違いと失敗をしてきました。
今なお正解なんて見えていませんし、ゴールにも到達していません。
ただあるのは振り返った時の自分の足跡だけです。
多分人生と同じで答えはわかりませんが、打率10割を目指すのと同じです。
いつまでも理想と完璧を求めて進むしかありません。目の前に答えはありません。
バットを振って、球を投げて進むしかありません。

それが大阪カープス、漢の道。